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「遥かなる山の彼方に」 1 快刀乱麻(12)

槍の成功を晶子から聞いたガンは、早速、谷川岳一の倉沢に天城を誘うと言い出した。
 ルートは烏帽子岩南稜、余裕があれば三ルンゼもだと言う。
 晶子は不安だった。
本格的な山に連れ出すのは未だ早過ぎる。
未だ完全に天城はフッ切れた訳ではないと晶子は思うのだがガンは強引だった。
JRCには出来そうな奴が何人かはいそうだから天城がいなくてもガンはメンバ-には困らないだろうが、そうは言ってもガンの天城への信頼は絶大だった。
初めて天城と晶子を谷川岳に案内して以来、何時か一緒に一の倉沢の垂直の岩壁に挑戦する事を夢見て初級のコースから急がず一歩一歩とグレ-ドを上げて教えて来たガンにしてみれば南稜登攀が早過ぎるという事はなかった。
 天城はもう山を辞めるかも知れないと晶子から聞き、そして晶子に抑えられて供手傍観していたけれど槍へ行ったのなら十分だ。
 山を辞める奴が五月の槍へノコノコ行く筈が無い。
岩だ、とろい山じゃ余計に熱が冷めてしまあう、ここは一発とって置きの南稜だとガンは言うのだ。

 晶子の危惧にも拘わらず、ガンの南稜登攀への誘いも天城は簡単に同意した。
そしてガンとの一泊二日の山行は予定通り三ルンゼのおまけも付けてあっさりと終わった。
 ガンは岩に誘っただけでなくハラハラする晶子を尻目にJRCへの正式入会を強要したと言う。
 そのガンの勧誘にそれじゃあ晶子も誘おうと天城は言ったらしい。
 「おいおい、“晶子も”じゃ無くって、俺が晶子にJRCに誘われたんだ。そんで俺を誘ったくせにアイツは未だ入らないんだ!」
 ガンの冗談に天城は何時もの様に静かに笑ったと言う。
ガンは晶子にこうも言った。
 「あいつはお前が思ってる様な繊細な奴じゃない、お前が心配してる事なんか何も気にしてなかった。あいつは只の物臭道心さ!」

 ガンの一の倉は快刀乱麻を断った様だ。
 天城はクラブに入るだろうか、そして復活の日々が三人にやって来るのだろうか。
 晶子は遠い空を見上げ瞳を潤ませた。

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Author:ひろあき
振られる度に、もう恋なんかと何度思ったことか。相手にされないのも寂しいけれど、引寄せられてからストンと捨てられるのはもっと痛い。振られる度に臆病になって、此れは恋では無かったのだと慰める。傷つかない偽りの恋しか出来なくなっても恋は恋、小さくても偽物でも恋は至福です。

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