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「遥かなる山の彼方に」   2 雨の明神 (1)

                2 雨の明神     
 
 七月に入って晶子は天城を谷川岳の新人合宿に送り出した。
 仕込んでおきながら彼女自身は新人合宿に参加せずに友達のCCCの邦子と明神岳へと向かった。
合宿に参加するのは容易(たやす)いことだが入試に母親がついて行く様な感じがして、どうしても一人で行って欲しかったからだ。
せめて父親役のガンには付いて行って欲しいと思っていたが、ガンも「鷹ノ巣は試金石だな」と言って参加しなかった。
 JRCでは新人合宿といっても強制では無い。
山岳部だったら新人合宿をサボったら半殺しの目にあうだろうが、この辺が山岳部を大きく違うところだ。
JRCには基本的に“扱き”に相当する山行は無いのだが、強いて言えば此の新人合宿がその“扱き”に相当した。
 参加しない新人は“扱き”を避けて適当に在席していようという不届きな会員位であり、
不届きな会員というのは辛(つら)い山(さん)行(こう)かどうか本能的に察知する能力に優れているものだ。
今年も僅かには参加しない新入生もいたが、晶子はこの不届き会員に混って参加を見送った。

 新人合宿は沢登りが予定されている。
晶子は予定コースのルートはチェックした。
谷川岳に詳しいガンにも聞いたが、天城の技術なら全く問題は無いと言っていた。
問題は“扱き”だ。
天城が“扱き”に耐えかねて途中で帰ってしまわないかが心配で、晶子は先輩達が余り天城を扱かないでくれる事を真剣に祈った。

 邦子と向かった明神五峰東壁は新人合宿の鷹ノ巣沢とは比類の登攀であり、晶子の今までの山の中で一番難しいルートだ。
 明神岳は何度もアプローチから眺めていた山であり、何時か登ってみたいとは思っていたが、その群峰の中でも一番難しいルートである東壁にしたのには理由があった。
 それは若し高校を卒業した後も付き合っていたら、“憧れの谷”に行こうという昨夏の天城との約束にあった。
付き合えるかどうか今ぎりぎりの処に二人はいる。
 約束を果たすとしたらその決行を此の八月にと晶子は思っていた。
 “憧れの谷”のルートは決めてはいないが、どのルートでもついて行くつもりだ。
 “憧れの谷”の登攀は完全なパートナーとして完璧に美しいものでありたい。
それは晶子の悲願でもあった。

 明神五峰東壁の選択はこの“憧れの谷”へのトレーニングとして相応しいと思ったからだが、トレーニングといっても技術的に易しい訳ではない。
寧ろ五峰東壁は“憧れの谷”の如何なるルートより難しいに違いない。
 しかし“憧れの谷”より難しくなければ“憧れの谷”の登攀を完璧に美しいものにするトレーニングにはなり得ないと言うのが晶子の信条であった。
63/07/10

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振られる度に、もう恋なんかと何度思ったことか。相手にされないのも寂しいけれど、引寄せられてからストンと捨てられるのはもっと痛い。振られる度に臆病になって、此れは恋では無かったのだと慰める。傷つかない偽りの恋しか出来なくなっても恋は恋、小さくても偽物でも恋は至福です。

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