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「遥かなる山の彼方に」  1  快刀乱麻(6)

その訓練も無事終了し幾日か経ったある日、面接を担当した二年生達が例のメッチェンを話題にしていたところへ当事者の馴々男がやって来た。
 調子よく入会したがあれ切りの最初の脱落者と思っていただけに二年生達は驚いた。
 馴々男はあの後、谷川岳の東南稜をやり、連休には一の倉第二ルンゼと衝立岩中央稜を登って来たと言った。しかもなんとパ-トナ-はあの噂のメッチェンだと聞いて二年生達は更に驚いた。
 メッチェンはどうせ馴々男に引っ張り上げられたに違いないが、例え引っ張り上げられたにせよやったのは雪の一の倉(ワンクラ)、経験の無い者がこなせる山ではない。
雪のワンクラを登れるのに何故彼女は入会しなかったのだろう…と二年生達は不思議に思った。
馴々男の話はあの時に面接に居合わせた者だけで無く、二年生達の話を聞いた上級生達にも疑問と期待を再び投げる事になった。そしてそれまで殆ど忘却され無視されていた“馴々男”も一の倉を女連れで春風駘蕩然と消化し(たべ)た男として辺りに脅威を与え、軽薄な“馴々男”は威厳ある男として其の評判は変貌した。

 “馴々男” 岩崎が雪の一の倉(ワンクラ)からクラブに戻った数日後、終に噂のメッチェンがやって来た。
 彼女が会いに来たのはチーフの庭山だった。庭山は不在だったが、応対した“中庭モデル”の西島は此の子が噂の子だと一目でピンと来た。
 翌朝、西島から話を聞いた庭山はその子は本当に“木崎晶子”と言ったのかと訊ねた。
そして男の方の岩崎はどんな男かとも聞いた。
 翌日再訪するという“木崎晶子”を庭山は待った。
“メッチェン再訪”の噂を聞きつけた男達で部屋は溢れかえり、軽挙妄動の“馴々男”岩崎は既に素敵なプレゼントを運んで来た“サンタさん” に昇格し人気の的になっていた。
 
庭山は木崎と会って喜んだ。
周囲の野次馬達も噂のメッチェンがチーフの旧知らしいと知って急に親睦感を感じたが、何よりも噂に違わず可愛い娘で、物見に参集した期待を裏切らなかった事が一番の喜びであった。赤シャツや眼鏡男も汚名挽回が出来て喜んだ。
庭山は木崎が白門大に入学したのを知って驚いたが、木崎の友達の天城も入学したと聞かされ更に目を丸くした。
 ところが木崎の再訪の目的が其の友達の“名前だけの入会”の頼みと知って庭山は唸った。
木崎が頼んできた“名前だけの入会”希望者が中庭の美男美女モデル作戦に釣られて入る様な奴ではない事を庭山は知っていたが、何やら紆余曲折とした訳ありな感じに流石の庭山も躊躇したのだ。
 
 木崎晶子と岩崎、そして天城、晶子はこの三人が同じ大学になったのは単なる偶然ではなく運命的な絆だと感じていたからクラブもJRCで当然一緒になると思っていた。
何故JRCかといえばそこに庭山がいるからだ。
岩崎は呼び名をガンと言うが、彼は天城の無二の親友で岩登りを天城と晶子に教えた男、晶子ですら割って入れない友情関係にあるガンと天城がJRCに入るのも自然だった。
 ところが相棒は晶子に何の相談も無く別の運動部に入部してしまった。
 それが袂を分かつ危機とは言えないにしても、以心伝心を感じる晶子にとって相棒の拳法部入部というショックは当に尋常では無い何かを晶子の本能に与えていた。
 晶子が名前だけで良いからと言ってJRCへ天城を誘ったのは抜本塞源、三人の関係の危機脱出への必死の試みだったが、肝心の天城は暖簾に腕押しで反応しなかった。
 天城の高校時代に通った空手道場が影響して空手部に入部したのなら晶子の戸惑いもまだ少なかったかも知れないが、何故拳法部に?
 それを天城に問うと再び戻って来ない気がして晶子は口に出せないでいた。

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振られる度に、もう恋なんかと何度思ったことか。相手にされないのも寂しいけれど、引寄せられてからストンと捨てられるのはもっと痛い。振られる度に臆病になって、此れは恋では無かったのだと慰める。傷つかない偽りの恋しか出来なくなっても恋は恋、小さくても偽物でも恋は至福です。

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