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「遥かなる山の彼方に」 7 入会志願者 

 夏が終わると生徒達が戻ってくる校舎の中庭、残光は容赦なく銀杏の葉の茂みを突き抜けてアスファルトに跳ね返している。
 地方出身者の多いこの大学は田舎へ帰っている者、バイトに励む者、単位に焦っている者、就職活動している者、国家試験の受験勉強中の者等で夏休みの間も結構忙しいのだが、この時期に真っ黒に日焼けして中庭を往来しているのは運動部かゼミの生徒だろう。
 そんな中では、都会育ちの新入生に限っては比較的暇だといえる。 未公認の為自室を与えられずゼミの一角を借りているJRCの会員達もボツボツ学校に戻り出した。
 JRCでは夏の登攀合宿が終わると冬までクラブ行事は無いので、夏休みの後半の頃から会員達は自由に活動を始める。
 この時期は、ようやく馴れ始めた新入生達が動き出す時期でもある。

 クラブの部屋の壁に大きな模造紙が貼られてある。山行予定表である。
 それに各自が勝手に記入してクラブメンバ-に告知するというのがこのクラブのシステムである。
 パートナーを求める時にもその予定表は使われる。
 その予定表に入会したばかりの新人が書き込む事はまず無い。
 誰がどの位のルートをやるのか、言ってみれば技術発表の様なものだから二年生でも仲々パートナー公募を書き込むのは度胸がいることだから、大抵はパーティを決めてから書き込む事が多かった。
 今年の新人でパートナー公募をした第一号は山川だった。
 新人の中では人気の彼なら態々公募しなくてもパートナーを見付けられる筈だから、山川が書いた公募は誰の目にもリーダー宣言と写った。
 つまりリーダーとしての頭角の自己顕示ととられた訳だ。
 公募の目的地は一の倉沢中央壁、予定日は十月二十四日、募集人員は一名だった。
 彼には山男としての実力もあるが男性的且つ社交的で発言力も備わっている。
新人達は同行希望も多い筈だが、募集人員一名という制約に躊躇したのか、或いは自己顕示に反発されたのか、応募蘭は空白のまま一週間程が過ぎて行った。

 大方の会員が登校し始めた或る日の午後、クラブリーダーが突然にボッカ山行への参加命令を会員に伝えた。
 山岳部ならいざ知らず、サ-クルでボッカ山行などに賛同者がいる筈が無い。リーダー自身そう思っている筈だが、案の定会員達も動揺を隠せなかった。
 突然のボッカ命令に驚いていないのは只一人、そのガンがボッカ山行の発表のあった日に珍しく天城に電話をした。
 滅多にクラブに顔を出さない天城は当然ながらボッカは知らなかった。
 天城はガンに新人訓練の時の扱きを惨々悪たれていたが、ホットなニュ-スのボッカ山行にはそれ程抵抗していない様だ。
 ガンはボッカの是非について天城と議論すべく電話をした訳ではないが、ガンの電話は些か興奮気味だった。
 「山川が公募したんだ! どこだと思う、中央壁だ!」
 ガンが興奮しているのは山川の公募についてだった。
 ガンにとって一の倉は実家に等しいせいか、山川を“土足で入って来る侵略者”の様に言ったが、天城の返事は“へえ-”だけだった。
 山川の“侵略”に対して天城はそれほど排他的には感じていないみたいだ。
 しかし“へえ-”の返事にはガンへの同情感があった。
 「“へえ-”じゃないよ、応募者が出たんだ! 誰だと思う、ルミだよ!」
 「ふ-ん」
 「おい、何が“ふ-ん”だ!」

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振られる度に、もう恋なんかと何度思ったことか。相手にされないのも寂しいけれど、引寄せられてからストンと捨てられるのはもっと痛い。振られる度に臆病になって、此れは恋では無かったのだと慰める。傷つかない偽りの恋しか出来なくなっても恋は恋、小さくても偽物でも恋は至福です。

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