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「遥かなる山の彼方に」 7 入会志願者 

ガンも山川を個人的に嫌っている訳ではない。
 山川も一の倉へ入るのに一々ガンに断らねばならない道理がある訳でもない。
 しかし人工登攀を是とする旗頭の山川が、自由登攀の本髄である中央壁を登る事へのガンの怒りは相当なものだった。
 一の倉の自由登攀者にとって、中央壁はGスポットに相当する。
 ガンにとって一の倉は恋人、その恋人のGスポットを他の男に攻められるのだから、たまったものではない。
 しかもたっぷり味わった後、やはり“人工登攀の方がいい”なんて言われたら山川を殺し兼ねない深刻な事態であった。
 更にガンにとって堪え難き事は、晶子が山川の軍門に下るという事だ。
 残雪の一の倉を楽しく登ったあの喜びに溢れた顔を山川に与え、天城とガンと三人で築いてきた日々を今度は晶子が裏切ろうとしている。
 何時もへらへらしているガンが、珍しく感情を剥き出しにしていた。

 クラブでは人工登攀の是否についての議論は多かった。
 何も手掛かりの無い一枚岩に埋め込みボルトを叩き込み、それにアブミを架けて登る人口登攀に意義が有るか無いかについては、賛否五分五分で中間派も多かった。
 もし無意義となれば処女壁は無数に残される事になる。有意義という事になれば処女壁はたちまちのうちに皆無になる。
 不可能を可能にするのはアルピニズムの喜びであり、不可能が無くなるのはアルピニズムの悲しみでもあるが故に是否の議論は白熱した。
 対立議論に勝利を治めた方がクラブの主流派になるだろう。次期クラブリーダーも主流派から選出されることになるだろ故にこの対立は単に理論抗争の域に止まらない。
二年生が務めるクラブリーダーは実権を持っていないから、誰がなっても当面は大きな影響は無いが、クラブリーダーは翌年には、即ち三年生になるとチーフリダーに昇格することが約束されている様なものだから実際には重大な意味を持っていた。
 つまり、クラブリーダーが人工登攀論者であれば自由登攀論者にとって極めて問題であり、その逆は人工登攀論者にとって極めて深刻な事態となる訳だ。

 リーダー宣言ともみられる公募を人工登攀論者の山川が行った事は、自由登攀論者にとって憂慮すべき事態に違い無かった。それよりも自由派のマドンナである昌子が、山川に応募したという事は自由登攀論者達にとって極めてショックな出来事であったのだろう。
 もっとも人工派からみても此れは憂慮すべき事態であった。
 一年生の人工登攀論者の旗頭である山川が中央壁という自由登攀の聖地を登る…と言うのは自由登攀への乗り換えかとも取れた。しかも自由派のマドンナがそれに同行するというのだから、一体どうなっているんだと双方から思われたからだ。

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振られる度に、もう恋なんかと何度思ったことか。相手にされないのも寂しいけれど、引寄せられてからストンと捨てられるのはもっと痛い。振られる度に臆病になって、此れは恋では無かったのだと慰める。傷つかない偽りの恋しか出来なくなっても恋は恋、小さくても偽物でも恋は至福です。

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