失恋教室 |山小屋日記　「鬼の芳兵衛　復活」

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山小屋日記　「鬼の芳兵衛　復活」

１１月６日
京子に見送られて急行穂高に乗る。
駅で、京子から清水寺のお守を貰った。
お守？　何で？？
山に登らない女が山に登る恋人にお守を持たせるというのは、小説か映画にありそうだけど、京子が僕にくれるのは、何で、何で、何で？？
若しかして京子にとって僕は恋人？？？
まさか、そんな事は無いよな。

でも、山に行くのに御守なんか貰ったことが無いから、若しかしてなんて思ったりして。

11月７日
松本から上高地に電話したら、上高地は雨だという。
駅で昨夜ステーションビバーグしたクロちゃんと偶然会う。
竹内に寄って修理を頼んでおいた靴を取った。
穂高はやたらと雪が多いとの事なので、アイゼン、オーバーシューズを新調し、食料を買い込んでクロちゃんと上高地入り、下の小屋に泊まった。

１１月８日、小雨
上高地が雨という事は穂高は雪だろう。
霞沢を登るにしても岳沢を登るにしても、何処に行くにしても一旦上の小屋に寄らなければならない。
芳兵衛の靴も竹内から預かって来たし、クロちゃんの荷物も僕のキスリングやピッケルも上の小屋だからだ。

ところが、上の小屋に着くと芳兵衛の機嫌がやたらに悪い。
何が面白く無いのか、僕とクロちゃんに当り散らす。
原因は不明、クロちゃんと喧嘩でもしているのだろうか。
かつての、アノ鬼の芳兵衛が完全復活、凄まじい権幕だけど、僕には心当たりがない。
流石のクロちゃんも怒った。
あの大人しいクロちゃんが怒るのだから、相当堪り兼ねたという事だ。
クロちゃんが怒ると、それに輪をかけて芳兵衛がどなりまくる。
参った。
不穏な空気なんてものではない。
険悪だ。

11月９日、雨。
クロちゃんは上高地に降りて下から回ろうという。
嫌で堪らないのだろう。
僕もこんな小屋から一刻も早く逃げ出したかったけど、クロちゃんの書いた天気図だと明日は雨が上がりそうだから、我慢してもう一泊することにする。
芳兵衛の不機嫌さは頂点に達している。
全く手のつけようも無い。

多少不機嫌だという程度なら今夜抱いて大人しくさせようかとも思うけど、ここまで荒れているとこっちが難破してしまう。
それでもチャンスがあれば芳兵衛の布団に潜り込もうと思って、窺ったけれど、どうもダメだ。
おかげで昨日も寝てないし、今日も寝れないかも知れない。