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同窓会⑮ 存在感

その日、何時もの用に8帰ると奥さんはいなかった。
帰ると何時も奥さんが出迎えて”御帰りなさい”と言ってくれる。
一寸遅めの新婚夫婦、何時もそんな感じで、二度目の新婚気分を味わっていたのが、突然いなくなると
何だが変な気分。
どうしたのだろう?と心配になってしまって、なんだか落ち着かなかった。

然し、間もなくドアーがカチャカチャと鍵の開く音がして、奥さんが「只今、遅くなってごめん・・」と言いながら入って来た。
嬉しかった。
顔を見ただけで安心したし、其れに”遅くなってごめん・・”という言葉に感動した。
いつもは僕が帰ると奥さんは”御帰りなさい・・”と言ってくれる。
新橋のホテルに彼女が逗留していた時もそうだった。
新橋のホテルの時は彼女がルームオーナーなのだから、普通は”いらっしゃい”だろう。
訪問者に向かって”御帰りなさい・・”は変だけれど、それは其れで気分がよかった。
此処は此処で、彼女がゲスト、出かけていたお客が戻ったのだからオーナーが言うなら普通。
奥さんの挨拶は、まるで夫婦のよう、何だかくすぐったい気もするけれど気持はいい。

朝出かける時に”行ってらっしゃい!”と見送られ、帰った時に”御帰りなさい!”と言われるのは
夫婦なら普通の会話、特に特別な感慨は無いかも知れない。
然し、夫婦では無い女にそう言われると、この女は抱かれる為に帰りを待っていたに違いないと思ってしまう。
だから其れを確認するかの様に変えると必ず奥さんを抱擁してキスをして、乳房とかお尻に触る。
そして奥さんが乳房とかお尻に触っても拒絶しないと、漸く安心して手を離す。
ここの処、毎晩其れが習慣になっていた。

処が、その夜は帰っても奥さんがいなかった。
其れだけで滅茶苦茶寂しかった。
幸、直ぐに帰ってきてくれたので、寂しさは長くは続かなかったけれど、奥さんが帰ってしまったあとは
どうなるのだろうと不安になった。
未だ、数日は居てくれるとは思っても、何れ帰ってしまうのは間違いない。
その時の気持の整理をどうつけたらいいのか、帰ってしまった時の事を思うと、何だかやるせなかった。

その日、奥さんは神戸に行って来たと言っていた。
異人館とか中華街とか、まあ、観光的名所という感じの所だったらしい。
奥さんの性格というのは中々掴みどころがない部分がある。
一見、凄く内交的に見えるのだが、その割には一人で神戸まで出かけて来る。
知らない街へ一人で遊びに行くというのは、結構行動的な女性にも思えるけれど、二人の時は結構ウエット、
性格的には殆どM、自ら積極的に行動したりしない。
若しかしたら隠れSなのか? そんな風に疑ってしまう部分も確かにある。

奥さんは神戸は面白かったと言っていた。
其れを聞いて、何だ、一人でも遊べるのか!と一寸がっかり。
一人でも遊べるなら、僕が遊びに連れて歩く必然は無い。
手が掛からないから楽と言えば楽だけれど、存在価値が薄らいだ気がして一寸悲しい気もした。

人と人とのつながりは不思議なものだ。
敵無くして見方無し、見方無くして敵も無し。
奥さんを見ていると何時もどうして奥さんが此処にいるのだろうと思う。
僕は狩人、奥さんは獲物、二人の関係はそれだけの事、其れ以上では無く其れ以下でも無く、只其れだけだったし、
狩が終わればそれで終わる、その筈だった。

奥さんが引きつけたのは食欲、レストランのステーキでは無く生きた女の肉、子羊を襲うコヨーテ、そんな感じだった。
奥さんには番犬が付いていたけれど、確かに襲いたい香りがあったし、襲えるという直感めいた予感も感じた。
彼女は襲われる事を待っている!と迄は確信は無かったけれど、襲っても大丈夫という感じは持っていた。
奥さんは奥さんで、それに近い事を感じていたらしい事を言っていた。
襲われるという感覚では無かったと思うが、この男に抱かれる事になるかも知れないと感じていたらしい。
奥さんは其の事をフィーリングという言葉で言っていた。
奥さんもそうなる確信は無かったらしいけれど、そうなる事に対する抵抗感は無かったらしい。

二人に共通していたのは身体の関係を持つ事になるかも知れないという予感めいた感覚だけで、互いに愛は
感じて無かった。
今は・・、其れは今でも同じ、互いに愛し合っている訳ではないのだけれど、何処かに引き合うものがある。
その感情は恋とも違うのだけれど、恋しいと思う処はあるのかも知れない。
家に戻って奥さんから”御帰りなさい”と言われるとほっとするし、居なかったらとても心配になる。
奥さんにしても帰ると飼い犬が尻尾を振って喜んでいる様な顔を見せる。
何とも不思議な感覚だが、彼女は僕を愛しては居ない。

愛していれば、何処かに夫に隠れて合う事の辛さが現れる。
愛していれば、独占いたい、独占されたいという思いが、言葉か顔か動作に現れるに違いない。
彼女は夫の子を身ごもり、その誕生を心待ちにしている事は顔にも表れている。
彼女は夫を愛している事を表には出さない様にしているのかも知れないが、聞けば否定もせず愛していると言う。
彼女は僕に愛していると言った事は無い。
無理やり言わせて口にさせた事は何度かあるけれど、それは強要であって彼女の心では無い。
身体の中にペニスを入れられ、ぐんぐん突かれながら強要されれば誰でも言うに違いないが、そんな無理やりな
強要でも愛しているという言葉は耳に気持ちがいい。
身体を開いて精液を入れられている女から言われれば、本当に愛されているのではないと分かっていても、
若しかしたら本当に愛されているのかも知れないと思ってしまう。
それがそうでないと知っていても、そう思う事自体がとても嬉しい。

其れが他の男の持ち物を奪ったという戦勝の喜びの上に重なるから余計に嬉しいのだろうが、然しそれは
もう違う。
奥さんの愛は今、お腹の中の子供だけ。
其れはご主人への愛より遥かに大きい様に感じられるのが未だ救いだけれど、一番が子供、二番がご主人、
そうなると僕は表彰台の末席。
主役には成れないのは分かっていたけれど、段々疎外されて、その内に土俵にも上がらせて貰えなくなる。

今は帰ると嬉しそうに”御帰りなさい”と言ってくれているのに、半年もすれば子供が生まれて、僕の存在自体も
彼女の意識から抹消されて行く、そうに違いないと思う哀れさに何ともせつないものを感じた。

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Author:ひろあき
振られる度に、もう恋なんかと何度思ったことか。相手にされないのも寂しいけれど、引寄せられてからストンと捨てられるのはもっと痛い。振られる度に臆病になって、此れは恋では無かったのだと慰める。傷つかない偽りの恋しか出来なくなっても恋は恋、小さくても偽物でも恋は至福です。

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