失恋教室

春になった。
バスチュー事件は生まれて初めてだったので正直なところ嬉しかったけれど、おタカの気持に応える訳には行かない。
おタカに応えるとどういう事になるかスカチンなら分かっている筈だから、そのくらいのことはおタカ忠告していると思うけど、
おタカが覚悟の上だとしれも、こっちはそうは行かない。
スカチンもケン坊も承認の上であれば、構わないと言えば構わないけれど、そんなにすっきりとは行かないと思うし、
第一ケン坊の方が絶対いいし、出来れば元の鞘に収めたいものだ。

先週、おタカが同僚のイナバアウワーと熊坂庵の庭先を通った。
二人で手を振っていた。
どうも俺の住まいを覗いに来たという感じで、二人は互いに顔を見合わせて「ここだ、此処だ」大きな声で笑っていた。
庭に入ってくる訳でも無く去って行ったが、何かスターにでもなった気分で気持がいい。
おタカ一人では来難いので同僚につき合せたと思うが、反対にイナが面白がって見に行こうと誘ったのかも知れない。
どっちにしてもイナにもおタカは気持を教えているという事になるが、一体どこ迄での気持なのでろう。

人から好かれるのは誰でも嬉しいけど、おタカに限っては些か迷惑だ。
出来ればその時だけの寂しさの紛らわしか、当てこすりか、見せつけであって欲しかった。
この間のバスチュウは、見せつけでは無いだろうけど、彼氏も乗っているバスでしたのだから、
相当激しい感情の不安定があったに違いない。

勿論、周囲は全部顔見知りの社員ばかり貸し切りバス、それ以上には進めない安全地域だからこその
大胆さだったかも知れないが、若し周囲が他人だったら車止めは効かなかったのでは無いかという気もする。
しかし其れにしても、何で家まで来るのだろう。
只の、関心？　
俺も中学の頃、好きな子の家の塀を乗り越え庭まで忍び込んだことがある。明らかに不法侵入だったけど、
目的は女の顔が見たいだけ、そういうストーカーの経験があるから、家の側まで只の関心で行く気持は分かるけど。

ウチには塀は無い。
道路との境はU字の下水溝だけだ。庭と言っても草の生えた百坪程の只の空き地、通りかかったのを見かけた以上は
声位は掛けなければならない。
今回の事件が無くても、元々ケン坊の彼女になる前から仲はいいのだし、庭を挟んで「やあ、こんにちわ」の
他人の挨拶ではおかしいだろう。

境界線は縁側かな、近すぎず遠すぎず、その辺が一番バランスがいい距離だろう。
ま、今心配することでは無いけど、会社のヤツも時々遊びに来ることだし、一応斥候に来た以上は何時来襲が
あるかも知れないから、一応フォーメーションはしておかないと、いきなりケン坊とぶつかったらヤバイことになる。

おタカは俺にとっては今でもケン坊の彼女であり、それ以上でもそれ以下でも無い。
おタカの好意は素直に感謝するとしても、今以上には距離を詰めて来ないで欲しい。
俺にとってはおタカよりケン坊との友情の方が大事なのだから。